土間アトリエのある家


O様

 京都市北区 ★2014年7月完成

出会い

「いい家があるねん、見に行ってみる?」 当時1歳の長男と三人、柊野グラウンドに自転車をとめて、賀茂川のほとりを散歩していた時だった。 日差しに映る水面はキラキラと輝いて眩しく、風の心地よい午後。 川沿いに、緑あふれる中にたたずむ黒い家がある。 「こんな家に住みたいな」と夫。 私も一目惚れ。 黒の外壁がかっこいいのに、気取らず自然体。 時間が経てばたつほど素敵な佇まいになりそうな素材感、 植物の緑、そしてレンガとドアの赤がちょっとファンタジック。 いつか建てたい理想の風景がそこにあるようだった。 そう、それは洋介さんの家。でも、このとき住暮楽の存在を私たちはまだ知らない。 「あの家見に行こう」が日常になる。   怪しまれないように玄関前を通る。通り過ぎさまの僅かな時間で凝視。じっくり眺めたいけど…。 どんな人が建てたのか、どんな内装なのか、どんな家族が住んでいるのか…、屋根にはガラス?天窓? そんなある日、その家の一件隣の土地が売りに出されていた。

対面

築家や工務店のリサーチがはじまった。 イームズの自邸やコルビジュエの家が好きな私たちは、光と空間の扱いがとてもキレイな神戸の建築家にお願いしようと心は傾むく。 「でもあの家が一番いいねんな、直接尋ねてどこで建てたか聞いてみる? 土地は一件隣やし、インターホン鳴らしたら気持ち悪がられるで…」 悩める日々は続く。 検索魔の夫は、様々なキーワードで調べに調べ、見つけ出したのは、除夜の鐘の鳴る数分前だった。「黒い家、あったで、googleでヒットした。」 さすが私の夫!惚れ直した!!万歳!!! ええ?西賀茂?歩いて行けるやん! ええ?社長さんの息子の家?モデルハウス? 驚きと共に正月は住暮楽のHPを隅々まで眺めて過ごす。 我慢できず、一月四日、お正月休みを承知で住暮楽の事務所に電話をした。 勿論、事務所は休み、転送され八郎さんの携帯へ。

暮らしの悪さ

南向きマンション十一階の最上階で育った私は、小さい電気ストーブが家族に一台あれば過ごせる環境が当たり前だった。 結婚して、夫婦でアトリエにする部屋があること、夫の実家、西賀茂の近くという二つの条件を優先して選んだ古い家は、住んでみると耐えられない寒さ。十一月末からスタートした新婚生活は、いつも身体はガタガタ震えて冷たく、夫と住む嬉しさよりも辛さが勝って、毎日ホームシック。 日当りは悪く、結露もひどい。夏は夏で、暑い、風が抜けない、カビ臭い。雨の日は湿気が溜まりべたべた。 季節が変わる度試行錯誤を繰り返す。 暖房器具、カーペット、除湿器、何枚ものカーテンなど、物は増える一方、収納は圧迫される一方、無駄なものと光熱費が増える。大きな電化製品が部屋に居座る期間があまりに長い。 部屋と部屋に温度差がある。廊下は底冷え、行動が億劫になりリビングに物が集まって散らかる、物も事も片付かない。二人で暮らすには広い家なのに狭く窮屈。 おばちゃんガウンを着て靴下の重ね履きに分厚いスリッパ。「暮しの手帖」のようにスマートに暮らしたいのに、必要に迫られて身重ね、過剰に衣服をたくさん身に纏う。 子どもが生まれ、子育てが始まると、家事動線の悪さがのしかかり、ストレスは溜まる一方。

紆余曲折

憧れの家、洋介さん宅訪問。住まい教室も眼から鱗、寒くて暑い現在の家へ疑問も。クイズには上手く回答できなかったけれど、日本の住宅事情、様々な事がよくわかった。 冬温かく、夏涼しい家、OMソーラーに心打たれ、洋介さん宅の外観から入った私たちは、住暮楽のコンセプトに胸はときめくばかり。 そして「建築家は完成写真の為に家を建てているとも言える。住み心地や使い勝手はどうでしょうか。」 と八郎さんのお話。確かに。 トントン拍子で進むかと思った矢先、契約前の土地に条件付けられた生産緑地の解除が困難という売主側の事情で、土地購入は断念、白紙に戻る。 設計が始まりかけていたので、落胆は大きかった。 西賀茂界隈の売り土地は、その時期、動きが少なく、「建築条件付き」という業者都合の商売方法に行く手を阻まれる。あれやこれやと散々の交渉も進展はなかった。 土地探しの間、住暮楽の完成見学会や住まい手見学会には出来る限り参加した。

家の中が冷蔵庫より寒い日に、住暮楽の家に行くとぽかぽかと温かい。居心地がいい。 住暮楽のベースからつくられる施主の色が映える家。どの家も人に寄り添ったデザインと挑戦が見える。 住み手が家を愛し、家と家族が年老いたときに幸せだと思える家をつくりたい。早く、新居で生活したい。 同じ時期、大きな存在だった義父の悲しい悲しい死、お腹に宿った新しい小さな命。私たちの暮らしについて、生きる事について、その方向性と現実に向き合う。 半年ほど経ち、白紙になった土地の直ぐそばで、私たちの予算内で売ってもいいと連絡があった。条件付きと言い張っていたのに…。「ざまー見ろ。需要と供給の関係はバランスする。」と夫。 しかし土地は旗竿地。洋介さんに相談すると、「悪くないですよ、試しに図面描いてみましょうか」。その設計は衝撃的で素晴らしいものだった。再び、一目惚れ。 それは玄関のない家。大きな土間を作りアトリエ面積を確保、旗の南側は大開口のガラス戸で開放的にして旗竿地のデメリットを乗り越えるというプラン。 道路に面していないので、人の目線は気にならないし、植栽を施せば隠れ家的。 私たちの生活を見た事もない洋介さんがどうしてここまでわかるの!!というほど、各々の生活と家事動線もしっかり考慮された設計。 家づくりに突然の光が射した。 この土地にするしかないと思えた。

現実化

設計はもちろん洋介さんにお願いした。 夫は、図面をもとに勝手に建築模型をスチレンボードでいくつも制作し、自己流で三次元を検証。さらにイラスト、デッサンで希望をイメージで伝えるというやり取り。ちょっとめずらしいケース。 仕上がりの細かい色、例えばタイルの目地のグレーがどんなグレーなのか何色あるのか、サンプルはあるのか。ないとしたらどこで見ることができるのか。はっきり言って面倒くさい客だ。 大工仕事が進むにつれて、図面と模型だけでは見えてこない部分が気になって何度も洋介さんに連絡、ご迷惑をかけた。 照明もカタログを借りて穴があくほど見て検討、それでも決まらず締切を二週間もすぎて、上野さんを困らせる。まだ洗面の照明は決まっていない。 妊娠中は深く考えられなかったキッチンも、出産後に見えてきて、細かな部分を何度か修正させて頂いた。 その都度私たちの意見を丁寧に聞いて下さった。 みなさん困っておられるだろうな…でも人生に何度もない家作り、揺れて当然、迷って当然!とだんだん開き直って来た。わがままな施主にお付き合い頂き本当に、本当に、感謝している。

大詰め

 「間取りは完璧、コンセプトもうまく収束しそう、でもまだまだ、仕上がりは最後が肝心。存在のリアリティーは各々の響き合いと細部への執着。洋介さん、森さん、あとは任せた。住暮楽の皆様、わがまま許してください。」 「「暮らしを芸術に」バウハウスの設立理念。僕は本気で信じてるんや、、、」 とか言いながら、第三ビール二本で酔っぱらい寝てしまったかわいい夫、そして口達者な三歳長男と、四ヶ月の二男、三人の男子をお世話する幸せな毎日が、住暮楽の家での日々になるなんて!! まだまだ書ききれません。 住暮楽のさらなる発展を心から願って、そしてこれからはご近所さんとしてもよろしくお願い致します。

(すみくらつうしん 2014年6月号より、転載)